AEVE ENDING







「…橘」

ふわり。

額に触れた手に息を飲む。

まだ薄目に開いた視界。

映る端正な顔立ちと黒髪に、一瞬ぎくりとして、すぐ。



「…誰かと思った」

そうして、安堵を欠伸混じりに吐き出す。
倫子のそんな呟きに、鍾鬼は小さく笑った。

見慣れた室内は、西部東部合同セクションが始まる以前に使用していた倫子の部屋だ。

今、目の前に立つ鐘鬼自身に破壊されたあの部屋である。
戻る部屋はもしかしてあのままかと心配したが、修復は済んでいた。


「…いつ、真醍のとこから帰ってきたの」

確か、真醍のこどもを見に北の島へ滞在していた筈だ。
当然、拐われるかの如く付き合わされたのだろうが。


「奥田から桐生の話を聞いてな。…怪我はどうだ」
「だいぶいい」
「…そうか」

シーツにくるまったまま、穏やかな表情を浮かべている男を見上げる。
大抵のことでは表情を崩さない端正な造りの顔は、最近はよく変化するようになった。

明らかに猿…いや、真醍の影響だと思われる。


(敵にまわっていたことが信じられないくらい、仲良くやってるもんな)

桐生の下についていたあの殺伐とした空気は、今では完全になりを潜めていた。

吹っ切れたのか、割り切ったのか、諦めたのか。

真相は定かではない。

どちらにせよ、闇組織を抜けてからは、相棒と称するが如く真醍とセットでつるむようになっていた。

大変よろしい傾向である。



(雲雀も、真醍と鐘鬼にだけは気ぃ許してるし)

そこで、端と思考が止まる。

ごく自然に現れた名に、内心で舌打ちした。
思考を変えようと、窓際でカーテンを開けている鐘鬼に話し掛けた。


「…真醍は?」

そういえば、と装いつつ、確かに気になったことだった。
あの喧しい相棒はどうしたというのか。

(…あ、島に残ったのかな。一応、父親だもんな)

などと自問に一人で結論付けようとした倫子の思考を鍾鬼が遮る。


「真醍なら雲雀と食事だ」

自分から問い掛けておきながら、なんとはなしに鐘鬼の口から出てきた名前に憂鬱が襲った。

その名から逃れるための問いであった筈なのに、再び舞い戻ってくるなんて、困った。




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