AEVE ENDING






「目が見えないこともネックになって、他の人よりずっと苦労しました」

倫子が息を飲んだ音が聞こえた。

それでも一言一句逃さぬように見つめられて、アナセスは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「箱舟に収容されてから、三食食事をできることが当たり前になって、「救済のマリア」としての威厳や姿勢を求められてからは、仰々しい救いばかり口にしてきました」

ただ人々の灯火となって、仮初めの救いを掲げるだけ。

病的なまでの羨望の眼差しを受けながら、なにもできない自分に絶望すら抱かない麻痺した日々。

なにができるわけもないのに、大袈裟な甘い言葉ばかりが宙に浮く。


「この地上に生きる皆が皆、青空の下で、緑豊かな大地で、美味しいご飯を食べられるだけで、きっと幸せなんですよね」

小さなこと、些細なこと。

その享受を受けている者からすれば、本当に些細な、小さな変化なのだ。

―――それでもそれすら得難い者からすれば、切実な願い。


愛する者を飢餓で亡くす苦しみを、痛みを。

我が子の空腹を埋められぬ無力感を、ただ胸に抱くしかない虚無を。



「…貴方に会って、大切なことを思い出しました」


憑き物が落ちたような顔だ、と倫子は思った。

その開かない瞼で、それこそ辛く暗い過去を、人々には届かない眼差しに隠してきたのだろうか。




「―――アナセス」

倫子ははっきりとした声でその名を読んだ。
輝く瞼を真っ直ぐに見て、更に声を張る。

「今までごめん!」

そのまま勢い良く頭を下げると、ガツッとテーブルに額がぶつかった。
先程真醍につけられたたんこぶが泣くほど痛かったし、雲雀やロビン、周りの視線も気になったが、顔は上げられなかった。

「あんたのことなんも知らないのに、勝手なこと言って」

土下座したい気分だ。
彼女に初めて会った時、自分の劣等感に卑怯な言葉を吐いて。


私こそ、なにも知らなかった。





< 1,154 / 1,175 >

この作品をシェア

pagetop