AEVE ENDING
「目が見えないこともネックになって、他の人よりずっと苦労しました」
倫子が息を飲んだ音が聞こえた。
それでも一言一句逃さぬように見つめられて、アナセスは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「箱舟に収容されてから、三食食事をできることが当たり前になって、「救済のマリア」としての威厳や姿勢を求められてからは、仰々しい救いばかり口にしてきました」
ただ人々の灯火となって、仮初めの救いを掲げるだけ。
病的なまでの羨望の眼差しを受けながら、なにもできない自分に絶望すら抱かない麻痺した日々。
なにができるわけもないのに、大袈裟な甘い言葉ばかりが宙に浮く。
「この地上に生きる皆が皆、青空の下で、緑豊かな大地で、美味しいご飯を食べられるだけで、きっと幸せなんですよね」
小さなこと、些細なこと。
その享受を受けている者からすれば、本当に些細な、小さな変化なのだ。
―――それでもそれすら得難い者からすれば、切実な願い。
愛する者を飢餓で亡くす苦しみを、痛みを。
我が子の空腹を埋められぬ無力感を、ただ胸に抱くしかない虚無を。
「…貴方に会って、大切なことを思い出しました」
憑き物が落ちたような顔だ、と倫子は思った。
その開かない瞼で、それこそ辛く暗い過去を、人々には届かない眼差しに隠してきたのだろうか。
「―――アナセス」
倫子ははっきりとした声でその名を読んだ。
輝く瞼を真っ直ぐに見て、更に声を張る。
「今までごめん!」
そのまま勢い良く頭を下げると、ガツッとテーブルに額がぶつかった。
先程真醍につけられたたんこぶが泣くほど痛かったし、雲雀やロビン、周りの視線も気になったが、顔は上げられなかった。
「あんたのことなんも知らないのに、勝手なこと言って」
土下座したい気分だ。
彼女に初めて会った時、自分の劣等感に卑怯な言葉を吐いて。
私こそ、なにも知らなかった。