AEVE ENDING
沸々と湧き上がる怒涛の波が、倫子の視界を赤く染めるように押し寄せていた。
見えた幻想に、いけ好かない黒と翠。
頬を撫でる柔らかな指。
鮮明になった皮膚の感触に、細胞までぞわりと粟立つ。
「…っ触るな!」
震える身体を振り絞り、倫子は思いきり腕を振り上げた。
勢い良く繰り出されたそれは風を伴い、ロゥの懐に向かう。
「、わっ」
予兆なく反撃してきた獲物に、ロゥは反射的に後退った。
さらりと風に乗るように拳を避けて、視界を掠めただけの小さな拳に、にたりと嗤う。
「───僕の「ピアノ」を受けて正気を保てたのは、君が初めてだよ」
愉しい、と、黒と翠が煌めいた。
「…っ黙れ、この変態が!」
ぞわぞわと背筋を這うような悪寒が首筋まで上がってくる。
脳内のピアノは――感覚が麻痺してきたのか微弱だが――未だ、続いていた。
(厄介だ…、意識が朦朧とする)
残響する和音が目眩を引き起こし、足はふらつく。
思わず円柱に手を突いて支えたが、このままじゃ形勢が不利になるばかり。
(…だからって雲雀が来ちゃったらまずい。あああ、奥田、あの役立たず!)
肝心な時に現れない某保健医に思わず責任転嫁で悪態をつくが、それで事態が好転するはずもない。
(どうする、倫子)
今の最重要項目は、こいつらを雲雀に会わせないこと。
なにより、ここから先、箱舟内に侵入されたらマズい。
なかにはアミも、それにまだ年端もゆかぬ生徒達も居る。
(…ここから一番近いのはベビーブースだ。ヤバい)
ベビーブースは、十歳未満のこども──幼くしてアダムの力を覚醒させた者達を教育する、箱舟の中でも特殊なエリアになる。
現段階では教員、世話係も合わせて十四名ほど、赤ん坊を含む幼児のアダムが二十数名。
下手に踏み込ませるわけにはいかない。
こども達は力のコントロールに関しては勿論、精神が不安定な生き物だ。
この侵入者の力に感化されて、暴走でもされては。
(───西部箱舟は、終わりだ)
だからこそ、ここで喰い止めなくては。