AEVE ENDING
「…橘」
渦中の声に名を呼ばれ、贅沢だな、ともう一度考えた。
「置いてくよ」
見れば、雲雀はエリアの奥に向けて既に歩き始めている。
慌てるわけでもなく、倫子もそれになんとなく続いた。
(こんな所でぼんやりしないで)
黒い背中に並ぶ前に、内心で嗜まれた。
反論はしておこう。
「してない」
「そう?」
そう言って、わざわざ肩を竦めて見せる。
型にはまったその仕種さえ優雅なのだから、嫌味な奴である。
(…でも、)
きちんと声を掛けていくところなんか、「魔王」じゃないなあ、と内心で苦笑した。
「きゃははっ」
「まってよー!」
その時、表情を緩めた倫子の横をぼろ雑巾のような布を纏った子供達が駆け抜けていった。
寂しい土地に、笑い声が響く。
(…落ち着く)
子供が元気なら、まだ大丈夫だ。
この惨状を見る限り救いはないが、気持ちの問題だった。
女と子供が元気な土地は良い土地なのだと、母が言っていたのを思い出す。
「…でもさぁ、なんで国はこれを放っとくんだろうか」
尤もな呟きを吐いた倫子を、雲雀は黙って一瞥した。
「国も放置してるわけじゃないよ。…ただ、一度滅びかけた国の器量ではどうしても追い付かないんだろうね。こういった貧困エリアは、全国に散らばっているから」
言いながら、エリアの端まで来た雲雀に倫子は首を傾げる。
目の前には汚染された海と浜辺。
あちらこちらに散る黒い塊は、篝火の残骸だろう。
「なるほど…。って、なんで海?」
なぜ雲雀が真っ先にここに来たのかが解らない。
「見なよ」
「…?」
言われたとおり、雲雀の視線を辿る。
行き着いた先には、海水を樽に詰めている比較的気力があるらしい貧困エリアの住民達。
「―――あ、」
大きめの樽は明らかに飲み水用のそれであり、倫子は驚愕する。
「…蒸留して飲み水にしてるんだろうね。病気の原因はこれだよ」
絶句した倫子の隣で、雲雀は淡々と続けた。
「戦前の海ならそれも可能だけれど、今のこの海は蒸留した程度で飲み水になるほど易しくない」
魚も棲まわなくなった海だ。
戦時の乱核による大気汚染に加え、濃度を増した酸性雨がいきつく先は───世界中の廃棄物が流れ込んだ、死にかけの海。