AEVE ENDING





「奥田は?」
「出て行ったよ」

二分ほど前、倫子と同じようにセクションの授業で怪我人が出たとの報せを受けそちらに向かったのだ。

「…雲雀ぃ」

空っぽになったグラスを眺める。
空っぽの底に溜まる小さな小さな水滴。


「お願いがあるんだけど」

ちっさい。
なんてちっぽけなんだ。


「………………………………………………………………特訓、つけて」

ぼそりと呟かれた言葉に、雲雀は愉快そうに口角を上げた。

(…単純な子)


「完敗したものね。悔しいの?」

雲雀がそう言えば、倫子は拗ねたように唇を尖らせる。

「…別に、そんなんじゃ」

ないわけでもない。


「また、怪我するよ」
「…だから、鍛えてよ」
「武藤に再戦する前に、僕に殺されるかも」
「おい。なんだそれ。怪我から一気に死亡かよ。ランク上げすぎだろ」

倫子が更に言い募ろうと顔を上げる。

―――が、ぐと喉を詰まらせた。



笑っていたからだ。

雲雀が、無邪気に。


(ぇ、えー…)

ちょ、ずる、い。

いつもなら見るだけで殴りたくなるほど嫌味に釣り上がった口角が、今は自然に。
本当にごく自然に、柔らかく釣り上がったりしてるから。

(そんな慣れない笑い方したら、表情筋つっちゃうんじゃないの)

倫子の余計な心配など露知らず、雲雀は朝比奈が見れば鼻血を出すであろう――一応、朝比奈の名誉の為に言っておくが、彼女はそこまで下品じゃない――愛らしい笑みを浮かべたまま。


「いいよ。僕のパートナーとして恥ずかしくないようにしてあげる」

最高に愉しいことが待っているとでも言いたげな笑みで、雲雀は倫子からグラスを取り上げた。

普段は見られないその柔らかな笑みに釣られ、倫子も破顔する。


「宜しくお願いします、せんせえ」

倫子が左拳を差し出せば、雲雀は少しだけ目を見開いて、破顔したまま自分の拳をそれにこつりとぶつけて見せた。


「覚悟してね、殺す気でいくよ」
「任せろ!」




あぁ、せめて今だけは赦して。

本来ならば、こうして笑い合うことすらできないでいる私の身のうちを、今だけは。






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