AEVE ENDING
「…橘、食堂に行くよ」
ノックもなしにドアを開けると、ベッドの盛り上がりが一番に目に入った。
部屋の主は眠っているらしい。
小さな鼾が雲雀の鼓膜に障る。
仕方なしに起こそうと薄暗い部屋に足を踏み入れれば、床に散乱しているなにかを踏みつけた。
カサリ、乾いた音が鳴る。
「……」
手に取れば、四、五歳のすきっ歯のこどもの笑顔が全面に写し出された写真だった。
(弟…?)
よく見れば、倫子にそっくりだ。
甘ったれな目元に、少し尖った犬歯、笑ったときに寄る顔の皺。
他にもセーラー服を着た倫子やアミの写真、大根を両手に抱えた倫子と、その周りを囲むこども達が映る写真…。
箱舟に収容される以前のものらしい。
田舎…背景の枯れた土地を見る限り、九州の下に位置するらしいが──での倫子の生活がありありと映し出されていた。
(しかもバカみたいに笑ってる写真ばっかり…)
なにがこんなに楽しいのか、雲雀には理解できない。
家族の愛も慈しみも、雲雀は知らない。
欲したこともないくせに。
この薄っぺらい紙切れに残された「幸せの形」が、酷く不愉快だ。
(こんなものが大切だとは思えない)
幼い頃──とはいっても世間一般に固定されたイメージのこどもとはだいぶ違ったが──周りにあった空気はただただ静かで、冷たいものだった。
仮ではあるが母親にあたる女性が好んでいた薔薇の香りが濃く付き纏う場所で。
『薔薇の香りがするでしょう。私がいなくても、寂しくないわよね、雲雀さん』
あの人はそう甘く囁いたかと思うと、すぐさま白い扉の向こうへと消えてしまう。
この頃の父親の記憶は、全くと言っていいほどない。
誕生日に必ず送られてきた洋書を一冊、大事にしていたのかと言われれば、していたのかもしれないし、していなかったのかもしれない。
国の重役に身を置く父とその補佐である母は、それこそ国の操り人形のようだと幼いながらも考えたものだ。
それこそ、衰退した貧困の目立つ時代。
国の一、二を争う地位と権力、財力を誇り立派な屋敷を建て、考えられないほど広大な土地を所有し、なに不自由のない生活を形にしていながら。
そこに、この写真のような優しさは見あたらなかった。