AEVE ENDING
「…なに、してたの」
眼を、閉じていても、解る。
口端を流れる、舌の奥に流し込んだ汚水の川。
醜い、生きる為の痕。
「…っ、」
顔を反らしたいのに、腕で全てを隠してしまいたいのに、髪の付け根を固定されて、それも叶わない。
未だ引かない喉の焼けつくような痛みに無様に喘ぐ倫子を、雲雀はただ見下ろしている。
ただ、静かに。
―――それが、痛い。
(…お願いだから、離して)
発せない声の代わりにテレパスで乞うても、怯まない。
―――ねぇ、橘。
ただの呼びかけが、まるで責め立てるような音に聞こえるのは。
(私の中の、疚しさのせいだ)
綺麗な生き物が私に触れている。
(…浄化されていけばいいのに)
その汚濁を知らない柔らかな指先は、まるで高ぶる倫子を宥めるように肌を撫でていく。
(…穢れていけばいいのに)
私と同じに、黒く醜く、染まっていけば、楽なのに。
「…橘」
暗く発光する夜空を背景に、雲雀が倫子を覗き込んでいる。
全てを見透かすような、眼で。
全能なる神の眼で。
(私を、貶めようとする)
───或いは、貶めるのはこちらの役目なのだろうか。
その高尚たる生き物を捕らえて、そして穢してゆく。
(───あぁ、違う)
「染めるのは、僕の仕事だ」
囁くような、呟くような、或いは吐き捨ててしまうような、声が。
「…ひば、り」
喉奥を掠める痛みを掬って、そして汚れたこの身を救って欲しい。
(望むのは、傲慢だ)
ひくつく喉に、優しくもなく乱暴でもなく押し当てられた唇があまりにも、あまりにも、無慈悲で。
―――だから。
(ひばり)
縋りたくなった。
「…、ん」
後ろに顔を反らして、喉を撫でていたその唇に噛みついた。
柔らか過ぎる雲雀のそれに、傷を付けられるわけもない。
倫子の歯は情けなくおののいて、代わりに舌を差し出した。
「…っ、」
幾分か驚いたらしい雲雀の吐息が、咥内に充満する。