AEVE ENDING
(…以前、橘の頭を覗いた時の田舎のほうが、余程、)
貧しくともなんとか食いつないでいける日々。
暖かい家族に親切な隣人、素直に声を上げて笑える毎日。
弟達に囲まれて笑う倫子の笑顔が、雲雀の頭のなかをゆるゆると流れていた。
先程のビジョンで見た慟哭の倫子と一致しないほど、穏やかで楽しげな。
―――それでも、あれは確かに存在した過去だ。
血に塗れた倫子は、それでも雲雀の前でさえ声を上げて笑う。
(…もう一度それが見たい、なんて)
馬鹿みたいだ。
この全身を重くさせる感情の名は―――。
「…ほんと、ばかみたい」
そうこうしているうちに、東部箱舟へと到着した。
まだ朝も早いせいか、街中でも人を見かけなかった。
能力を使って移動しなかったのは、気取られない為だ。
第一、雲雀にとっての移動は、体を動かすことが大前提である。
―――高い鉄柵の門が聳える、異質な洋館の連なり。
異様なまでに成長した植物は、過去、卒業したアダムが残した産物だ。
元が由緒ある男子校だったらしいが、それに倣い箱舟となった今でもそれは変わらない。
―――しかしそれは、単に桐生の趣味とも言える。
ピグマリオニズムのあの男は、本物の女を毛嫌いする節があるからだ。
門番には衛兵が二人。
なかに入れば、セクションに参加していない生徒も三十から五十人、教師が十数人はいることだろう。
西部と同じく学舎と寮が同じ敷地内にある為、休みの日を学内で過ごす生徒達も少なくない。
見つかると厄介だが、館内に脚を踏み込めば、否が応にも桐生にはわかってしまうだろう。
この広大な敷地は、幾田桐生の胎内も同じなのだ。
(―――静か…)
先日も訪れたが、やはり倫子の気配はおろか、声すらしない。
なにかで遮断されているのか、或いは意識すらないのか。