AEVE ENDING
随分と奥まで来たというのに、倫子どころか、人っ子一人いやしなかった。
力を抑えていようと、雲雀の静謐と化した気配はそう簡単には消すことはできないというのに。
ましてや桐生が統率する優秀なアダム達の巣窟だ。
勘の良い精神系アダムならば、雲雀が学舎の門前に立った時点でその存在に気付くだろうに。
(…ということは、やはり生徒達は、)
そこまで考えて、足を止める。
タイミングを見計らったかのように、回廊の先、気配もなく現れた男がいたからだ。
その造形を認めて、雲雀はゆっくりと目を細めた。
「…やぁ、久しぶりだね」
その長身痩身の男は、雲雀の挨拶に律儀に頭を垂らして返す。
「いつぞやの無礼、申し訳ありません。よくぞいらして下さいました、雲雀様」
───いつぞや。
棒のような身体に長い布を巻き付けただけの男は、笑みすら貼り付けず雲雀に謝罪を述べた。
名は知らぬが、そのきれいに剃られた頭部に光る、不気味な「蛇」。
「…別に。君になにかされた覚えはないよ。───僕は」
橘は別だけど。
そう昔のことではない。
貧困エリアでの大火災にて、倫子はこの「蛇」に随分と痛い目に遭わされたのだ。
「それで、橘はどこ?」
まるでこの先には進ませぬ、と主張するように行く手を阻む蛇に問う。
蛇は無表情なりに、暫し考える素振りを見せた。
「───私めがお答えできる問いではありません故」
情を見せぬその薄ぺらい能面顔は、やはり起伏なく雲雀の問いに応えた。
しかし雲雀は、その答えが些か気に喰わなかったらしい。
ガシャン…ッ。
「!」
雲雀が美しいその柳眉を寄せると、その仕草に呼応するように「蛇」の真横のガラスが前触れもなく飛び散った。
爆風に飛ばされたかのように鋭く透明な破片が蛇を襲うが、しかし蛇はその薄い瞼を閉じただけで微動だにしない。
チャリチャリと金属音が収まると、蛇はゆっくりとその眼(まなこ)を雲雀に見せてゆく。
色素の薄い、何処か異様なその眼の、奥。