AEVE ENDING
(―――あぁ、橘がこの場にいれば殴ってるのに)
苛立ち紛れに桐生を睨めば、彼はくつりと笑んで見せた。
「そう急くな。君の相手は、私ではないのだから」
ぽつり。
その落とされた声は余韻を残さない。
「―――鐘鬼」
白い衣擦れの音が耳に障る。
桐生の後方から現れたそれに、雲雀は眼を見開いた。
長い黒髪を垂らした例の留学生は、やはり母国の伝統衣装に身を包み、その白を主張している。
しかし雲雀の視線を占めるのは、彼ではない。
「…橘」
思わず、その名が零れた。
鐘鬼に縋りつくように立つ、全裸の女―――女と呼ぶには、あまりに無惨で醜い容姿だが、倫子の姿が確かにあった。
その全身に駆け巡る施術痕は赤黒くはっきりと浮き出ており、なによりその眼は虚ろで、やはり白濁に揺れている。
世界を視ていない、「眼」。
―――槐櫑、生きていない者の眼だ。
その虚ろな視線は、凭れている鐘鬼の胸元から動かない。
意思も視覚も、そして聴覚すら、今の彼女には不必要なものなのか。
「…見事なものだろう?この醜悪さは、最早、芸術品と呼ぶに相応しい」
桐生が右手を上げる。
それに合わせて、倫子は鐘鬼から離れ、桐生の横についた。
無表情にそれを見据える、雲雀と鐘鬼。
ひたり、とタイルを撫でる倫子の足裏は、惨めにもところどころ皮膚が捲れていた。
雲雀は無意識に、身を乗り出す。
『ねぇ、雲雀』
脳髄を走る不要な記憶と、目の前の女が一致しない。
『もっと話、しようよ、』
屈託なく、頭が空っぽなのかと思わせるほど明るく笑う女が。
『…雲雀』
―――これは、なに?
全身を這う傷が、全裸であることにより全て把握できる。
心臓から臍にかけて走る大きな亀裂を筆頭に、蚯蚓が這ったように巡る縫い目という縫い目。
顎の真下、肩胛骨の中央線、右脚の付け根、乳房の中央、左足首から螺旋を描き、陰毛に消える。
肩から腰に掛けてざっくりと切り裂かれた痕は見るに耐えない。
一体、なんの名残だというのか。