金魚玉の壊しかた
「どうかな、亜鳥。伊羽殿は──たまたま亜鳥の変わった絵をご覧になられて大層気に入られた様子でな、亜鳥の絵や、学問に通じておるという点にご興味を持たれたと聞き及んでおる。

妻になれば、この国だけではなく、江戸でもお偉い御仁にそなたの絵を売り込んでやろうと、そう申して下さっておるのだがな」


父の仇──と呼ぶべきかはわからないが、因縁浅からぬ相手とは言え、私は伊羽青文という男と直接会ったことはない。

向こうも私の顔など知らぬはずだから、私の容姿ではなく絵を気に入ったという点に関しては、泉進之丞のようなことはなさそうだ。
まあ噂に惹かれてということならばあるのかもしれないが。

女が大勢いるのならば、正妻にさほど構うこともなく、好きに絵を描いて過ごすことも許してもらえるのかもしれない。

信憑性はある話だった。


しかし──


伊羽青文は、相当計算高く、強かな男だと聞いている。


「叔父上。叔父上は先方のそのような話を鵜呑みになさいますか? 伊羽家の真意は別の所にあるかと思いますが」

私が言うと、叔父は疲れたように嘆息し、兄が「さすが、学問などやっておるだけあって亜鳥は頭が良いな」と嫌味っぽく言った。

「無論、向こうとしては五年前の禍根を完全に断ちたいのであろう」

兄は叔父を睨みつけながら、

「このように落ちぶれた雨宮家と縁組みをしてしまえば、完全に恩も売れる。亜鳥を正妻に迎えるならば親戚同士。

おそらくこの度の当家の縁組みを聞き、雨宮が下手に他家と繋がって力をつけ、遺恨を抱えたまま再び伊羽家と対立するのを避けようという魂胆だろう」

「いくら見え透いておるとは言え──雨宮にとってもこれは再興のための最善の近道だ」

叔父は私にすがるような目を向けた。


つまり、伊羽家としてはこちらがそう考えることも計算の上で、この話を持ちかけてきた、ということだ。


「亜鳥、悔しかろうが、頼む。伊羽家に嫁いでくれ」

頭を下げる叔父に、

「それが雨宮家を救うことになるのであれば」

私は己の運命に愕然としながらそれを受け入れた。


無念だ、と小さく兄が呟いた。
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