紅芳記

産気付かれてから、二時が過ぎ、日が大分高く昇って参りました。

始めは一心不乱に祈祷しておりましたが、祈るばかりではやはり、心を落ち着かせることがなかなかできません。

殿も部屋の中をぐるぐると歩き回ったり、侍女に様子を聞かせに行ったりと落ち着きがございません。

「殿、いま少し落ち着かれませ。
夢殿は初産にございまするゆえ、まだまだ御生まれにはなりませんよ。」

「そうなのか?」

「そういうものにございます。
私のまん姫の時など、昼間から明け方までかかりましたもの。
まだ二時、御生まれになるのは、きっと夜になりますわ。」

「じゃが、何も出来ぬ己が不甲斐のうて…」

「大丈夫、大丈夫にございますよ。」

私は殿のお手をぎゅっと握り、言い聞かせるように何度も、大丈夫と申しました。

こういうとき、殿方は何もできません。

それどころか、お産の穢れに触れぬよう、押しやられてしまうくらいです。

しかし、殿のやり場のない焦りもわかります。

どうしたものやら…。

「奥方様、」

仏間に、まんを連れたユキが来ました。

「姫様をお連れいたしました。」

「ユキ…。
忝ない。」

まんがいてくれれば、殿も少しは落ち着きましょう。

「殿、まんを抱いてあげて下さいませ。」

「あ、ああ…」

殿は恐る恐る手を伸ばし、まんを抱き上げました。

まんは、父上様の腕に抱かれて、嬉しそうに笑っております。


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