紅芳記
お二人の許を下がり、部屋に戻ろうと廊下を歩いていた時のこと。
「殿などもう知りませぬ!
何処へなりとお行きなさいませ!
いいえ、私が参りましょうね、どうぞ、私を離縁し越前に追い返して下さいませ!!」
大きな声が屋敷中に響きました。
この声は、利世殿…?
何事かと殿と顔を見合わせたその時。
向こうの廊下から泣きそうな顔をしながら利世殿が早足でいらっしゃいました。
「利世殿!?」
「あ、義姉上様っ…!」
利世殿ははっとして足を止め、頭を下げて
「義兄上様、義姉上様、お帰りなさいませ。」
と先程からは想像もつかない程穏やかに挨拶をされました。
これには殿もいささか驚かれたようで、
「如何したのだ。」
とお尋ねになります。
「いえ、さしたる事では…」
利世殿は顔を赤らめて俯いてしまわれました。