アリスズ

 夕方。

 乾いた着物と袴を菊に届けると、彼女はまた凛とした姿に戻った。

 残念ながら、アイロンという意図を使用人に伝えることはできなかったので、多少ヨレているのは仕方がないが。

 腰に、日本刀をぐっと差し込む。

 その姿は、少女にしておくのが惜しいほど、麗しい若侍に見えた。

 そんな彼女の横に、楚々と立つ長い黒髪の娘。

 菊と梅。

 よい名前をもらってるなと、その二人の姿を見て本当に景子は思ったのだ。

 そんな彼女らと。

 とりあえずエプロンは外したものの、ピンクのセーターにジーンズという出で立ちの自分が並ぶのは、とても恥ずかしいものに思えた。

 アディマに最初から連れ添っていた女性が現れ、彼らを夕食の場所へと案内してくれる。

 彼女は、あまり彼女らによい態度は見せなかった。

 おそらく、アディマに命令されて来たに過ぎないのだろう。

 先触れのように、一度食事の説明をしにきた時も、そんな雰囲気だった。

 食事のことを伝えるだけだというのに、この女性はゼスチャー一つせず、馬鹿のひとつ覚えのような言葉を、繰り返すだけだったのだから。

「食事に出るための、支度をしなさいと言っているんじゃないかしら」

 着物のままベッドに座り、呼吸を整えていた梅が、そう言ったおかげでようやく意味を理解できた。

 菊が、何かを口に入れるような動きを見せると、女は顔をしかめた後、ようやく頷いたのだ。

 ともあれ。

 無事、食事の席にたどりつく。

 扉が開かれた後。

「本日は、夕食にお招きいただき、本当にありがとうございます」

 梅の涼やかな声と共に、姉妹が深く頭を下げる。

 景子も、慌ててそれに倣った。

 たとえ言葉が通じなくとも、彼女らは感謝の言葉をきちんと伝えるのだ。

 広間の食事の場にいるのは、女主人、アディマ、そして梅を背負った男の3人だった。

 案内してきた女性も、そこで下がってしまう。

 彼女とダイは一緒に食事をしない──もしくは、出来ないのだろう。

 あ、いや。

 景子は、たらっと汗を流した。

 わ、私もちょっと場違いかも。

 走って逃げたくなる衝動をこらえるのが、とてもとても大変だった。
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