アリスズ

 女主人の好奇は、とにかく梅に向けられていた。

 彼女の着物が、よほど気になるのだろう。

 彼らの服とは、根本から構造の違う直線裁断の和服。

 振袖ほどの華美さはないものの、品よく美しく仕上げられている布と柄。

 日本人以外が見れば、確かにそれは不思議な衣服だろう。

 景子の好奇は──食事そのものに向けられていた。

 人というものの、行き着く先の結論は、結局似たようなものなのか、と。

 日本食とは似ても似つかないが、過去の世界の海外ならば、見ることが出来るのではないだろうかと思われる、食器や食事内容。

 それならば、ここは海外なのか。

 肯定するには、昨夜にみたあの黒い月と、見慣れぬ星座が邪魔をしていた。

 じゃあ、ここはどこなのか。

 多分、景子の知る世界のどこでもないのだと、だんだん理解してきていた。

 これまで、菊と梅の世話をして忙しかったために、ゆっくりそんなことを考える暇もなかった。

 しかし、どうにかして戻る方法も考えたい。

 そこまで考えたわけではなかったのだが、ひとつだけ景子は昨日の場所に目印を置いてきた。

 梅の買った、桜の苗だ。

 本当は、抱えていこうと思ったのだ。

 地面に転がるそれを。

 しかし、地面に触れた桜の苗は、いままでよりももっと輝いていて。

 ここに根付きたいと、そう景子に言っている気がしたのだ。

 桜がそういうのなら、と。

 彼女はそれを、草原の中に置いてきたのである。

 苗に力と運があるのならば、いつかまた会えるのではないかと思って。

「───」

 分からない言葉をBGMに、景子はぼんやりとこれまでのことや、これからどうしようかなどと考えていた。

「ケーコ…──」

 はっと。

 彼女は、思考を中断して顔を上げる。

 会話の中に、自分の名前が出てきたからだ。

 見ると、アディマが視線だけを景子に向け、しかし言葉は長く長く続いた。

 とても、彼女に向けて語られているものとは思いがたい。

 男が、困った顔をした。

 女主人は、一度驚いて景子を見た。

 一体──何の話をしてるの。
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