アリスズ

「ふふふ、景子さん…すっかりあの方に、気に入られてしまったみたいですね」

 部屋に戻った後、梅がおかしそうに話しかけてくる。

 とはいうものの、戻る途中から菊に少し身体を支えてもらっている状態だったが。

 三つ指詫び事件の後、ようやく名乗ることが出来、姉妹に名前で呼んでもらえるようになった。

 ベッドに腰かけさせられた梅は、菊によって帯を解かれている。

「気に入られて…ねぇ」

 確かに、その言葉が一番近いのかもしれない。

 懐かれている、とはまた違う。

 景子を、上でも下でもなく対等に扱ってくれている気がするのだ。

「これからのお話ですけど…」

 菊に着物を脱がされながら、梅は少し口調を神妙なものに変えた。

 ようやく、未来の話が出来る環境になったのだろう。

 景子も、ほんの少し前から考え始めようとしていた。

「私…この屋敷に、残りたいと思っています」

 梅の言葉に。

 菊と景子の、二人が止まった。

 残る?

 菊がどうかは知らないが、景子はその意味を把握できなかったからだ。

 残るということは、行く者もいるわけで。

 その相関が、頭に上手に並べられなかったのである。

「おそらく、あの方たちはまた旅立たれると思います」

 袖で、彼女は菊を促した。

 まだ着物は、脱がせかけだったのだ。

 菊はそれに、少し不満そうな顔をしたものの、作業の続きを始めた。

「ついて行きたい気持ちは山々なのですが、どれほど遠い旅なのか分かりません。私では、足手まといになります」

 彼女の言葉に、どうコメントしたらいいのか分からなかった。

 梅を知る菊のコメントを待ったが、口を開くことはなく。

 それに。

「梅さんが残るなら…私達も残ってもいいのでは?」

 彼女を、置いていく選択肢ばかりではないはずだ。

 大体。

 ついていく理由の方が、ないのだから。

 すると、梅と菊は一度顔を見合わせた。

 そして、二人で景子の方を見るのである。

「景子さんは…連れていく気みたいですよ」

 あの食堂のやり取りと気配から──梅は一体何を読み取ったのか。
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