アリスズ
□
イデアメリトスが、敵とみなす相手を前に──叔母が眠ってしまった。
ありえないことだ。
こんな場面で悠長に寝るなど、おそらく自身でも許せないほどの失態だろう。
これが、彼の魔法か。
だが、歌を聞いた者に等しく効くものではないようだ。
現にアディマは、眠くはならなかった。
不思議な心地よさには、抗わなければならなかったが。
アディマは、まっすぐにトーと呼ばれる男を見据えた。
「単刀直入に聞かせてくれ…君は月の者か?」
害意はない。
怯えもない。
怒りもない。
だが──そこにいる。
そこにいるのが何者なのか、彼は知らねばならなかった。
トーは、目を閉じる。
「そうであって…そうではない」
だが、唇は開いた。
「私は、永く一人であろうとした。永く歌うまいとした」
目は閉じられたまま。
詩を読むように力強い流れの言葉が、音をたどる。
音を司る者、と言った方が正しいのか。
耳を傾けずにはいられない、言葉の中に抱えこまれる魂の響き。
「私には太陽が必要で、人々には夜が必要で、夜は人々に愛される必要があった」
物語仕立ての歌が、アディマの中を流れて行く。
トーが語るごとに、昼と夜の景色が目まぐるしく移り変わるのだ。
「だから、私は歌いに来た。必要な人が聞いて行くだろう。必要でない者は立ち去るだろう。それでいいのだ。それでいいと、この娘が言った」
目が、開いた。
緩やかに始まった歌は、彼の言う『この娘』で閉じられたのだ。
トーの隣にいる、キク。
小さな、風を起こす者だ。
ケイコもそうだった。
その小さな異国の風が、アディマを動かし、トーを動かす。
「歌うことで、命を奪われるとは…思わなかったか?」
アディマは──キクの風の、真正面に立った。
イデアメリトスが、敵とみなす相手を前に──叔母が眠ってしまった。
ありえないことだ。
こんな場面で悠長に寝るなど、おそらく自身でも許せないほどの失態だろう。
これが、彼の魔法か。
だが、歌を聞いた者に等しく効くものではないようだ。
現にアディマは、眠くはならなかった。
不思議な心地よさには、抗わなければならなかったが。
アディマは、まっすぐにトーと呼ばれる男を見据えた。
「単刀直入に聞かせてくれ…君は月の者か?」
害意はない。
怯えもない。
怒りもない。
だが──そこにいる。
そこにいるのが何者なのか、彼は知らねばならなかった。
トーは、目を閉じる。
「そうであって…そうではない」
だが、唇は開いた。
「私は、永く一人であろうとした。永く歌うまいとした」
目は閉じられたまま。
詩を読むように力強い流れの言葉が、音をたどる。
音を司る者、と言った方が正しいのか。
耳を傾けずにはいられない、言葉の中に抱えこまれる魂の響き。
「私には太陽が必要で、人々には夜が必要で、夜は人々に愛される必要があった」
物語仕立ての歌が、アディマの中を流れて行く。
トーが語るごとに、昼と夜の景色が目まぐるしく移り変わるのだ。
「だから、私は歌いに来た。必要な人が聞いて行くだろう。必要でない者は立ち去るだろう。それでいいのだ。それでいいと、この娘が言った」
目が、開いた。
緩やかに始まった歌は、彼の言う『この娘』で閉じられたのだ。
トーの隣にいる、キク。
小さな、風を起こす者だ。
ケイコもそうだった。
その小さな異国の風が、アディマを動かし、トーを動かす。
「歌うことで、命を奪われるとは…思わなかったか?」
アディマは──キクの風の、真正面に立った。