アリスズ

「菊さん!」

 景子は、驚いた。

 朝、屋敷のエントランスに降りてきたら、ばったり彼女に再会したのだ。

「久しぶりだね、景子さん」

 再会を、彼女は穏やかな笑顔で受け入れてくれる。

 その笑顔に、景子は大きな大きな安堵のため息をついたのだ。

 ああ、よかった。

 彼女は無事で、そしてここにいる。

 ここにいるということは、アディマの許可を得たということだ。

 少なくとも、景子が恐れていた刃傷沙汰は起きなかったということになる。

 昨夜。

 彼女が、ぐーすか寝ている間に、話し合いがあったのだろうか。

 あえて、景子はそこから外されたのだ。

 それくらい、鈍い彼女にだって分かる。

 最悪の事態を見越して、景子は外された。

 だが。

 最悪の事態は起きなかった。

 それを、いまはただ喜ぼう。

 彼女は、そう前向きに考えることにしたのである。

「少し、ふっくらしたかな? 景子さんは」

 幸せそうで何よりだよ。

 菊の言葉に、どきっとする。

 自分では、前と変わらない貧相な身体だと思うのだが、彼女からは太ったように見えるのだろうか。

「ああ、そうだ…景子さんに紹介したい人がいてね」

 菊の視線が、何かを捕えた。

 少し離れたところで動くものを追う瞳に、景子もつられて振り返る。

「おはよう、トー。ちょっといいかな…景子さん、彼はトー。歌う人だよ」

 白い髪の男性だった。

 白いたてがみ、と言った方がいいのかもしれない。

 彼の視線が、一度景子に向けられ、そして微かに微笑んだ。

「健やかで良い子たちだ」

 初めましてより先に──優しい爆弾が放り投げられた。

「良い子…?」

 菊が不思議そうに言葉を繰り返し、景子を見た。

「…たち?」

 景子は、そこだけ繰り返し。

 自分のおなかを見た。
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