アリスズ

「ウメ、ウメ!?」

 イエンタラスー夫人の呼び声に、梅はクスッと微笑んだ。

 今日は部屋にいるというのに、自ら探してくれるなんて、また何か素敵なことでもあったのだろうか、と。

 ゆっくりと立ち上がって、部屋の扉を開けると、ちょうど夫人が小走りで駆けてくるところだった。

 こういうところだけは、まるで少女のようである。

「どうかなさいました? イエンタラスー夫人」

 梅を確認するなり、彼女はすぐさま手を引いて行こうとした。

「さあさあ、玄関へ…私の楽しみがやってきたのよ」

 夫人を浮かれさせる何かが、そこにあるらしい。

 それに、クスクスと微笑みながらついていく。

 どんなお楽しみなのか、想像もつかないが、あえて聞くような無粋な真似はしない。

 驚かせようとしている夫人の思い通り、存分に驚こうと思ったのだ。

 そういう意味では、梅にも楽しみだった。

 玄関につくと、そこに大きな箱が二つ置いてあるのが見える。

 ただし、箱だけではない。

 その側に、誰かが膝をついているのだ。

「イエンタラスー夫人には、ご機嫌うるわしゅう」

 見上げてくるのは男。

 しかし、頭に長い布を縛り付けている。

 よく、大工の棟梁なんかがしている巻き方だ。

 縛って後ろに垂れる布が、彼の髪のように見えた。

 しっかりした目の人だわ。

 それが、梅の第一印象。

 やや太めの上がり気味の眉に、意思の強そうな目。

 そこまで大きいわけではないが、たくましい体つき。

 夫人に敬意は示しているものの、その姿は町民でも農民でもないように思えた。

 沢山の匂いが、入り混じった男だ。

「挨拶はいいわ…早く見せてちょうだい、早く早く」

 夫人は、男のことなど見ていない。

 見ているのは、大きな二つの箱。

 それが開かれるのを、いまかいまかと待ちわびているのだ。

 ハイヨっと、男は大きな箱のふたを開けた。

 そこには──見たこともないような品物が、ところ狭しと詰め込んであったのだ。
< 80 / 511 >

この作品をシェア

pagetop