アリスズ

「まぁ! まぁ!」

 夫人は、黄色い声を上げて、品物を覗き込んでいる。

 なるほど。

 彼は、どうやら夫人御用達の行商人のようだ。

 道理で、沢山の匂いが入り混じっていると思った。

 町から町へと、渡り歩いているのだろう。

 普段であれば、町の代表以外とは直接会わないイエンタラスー夫人も、自分の好奇心には勝てないのだ。

 珍しい梅を引き取ったように、こうして行商人が来るのを楽しみにしていたに違いない。

 夫人が、商品に夢中になっている間。

 男が、少し怪訝そうに彼女を見た。

 それもそうだろう。

 何回も出入りしているのなら、梅のような娘がいなかったことくらい知っていたはずだから。

「ウメです…どうぞよろしく」

 夫人の邪魔をしないように、彼女は小さく挨拶をした。

 すると。

 彼は、軽く目を見開いたのだ。

 そして、更に怪訝に──今度は、夫人の方を見るのである。

 男の驚きは、多少は理解出来た。

 彼は、身分のある者が自分から行商人ごときに挨拶をすると、思ってもみなかったのだろう。

 だから、ますます彼女の立場が、分からなくなったというところか。

 それがおかしくて、梅は小さく笑ってしまう。

 夫人は品物に夢中だし、彼女は笑っているせいで、男は少し困った顔をした。

 だが、決して夫人の邪魔をしようとはしない。

 黙ったまま、好きなだけ彼女の選別を見守るのだ。

 やたらと、商品を勧める気配もない。

 よい商売人だと、梅にも分かった。

 旅暮らしとは思えない、腰の据わりようである。

「あ、ああそうそう」

 ようやく夫人が、男に声をかけた。

 手には、首飾りを手に取ってはいるが、唇は何かを思い出すような動きをしている。

「あなた…本は売ってないのかしら? 何か面白い本」

 イエンタラスー夫人の言葉に。

 男は、一瞬沈黙し。

 梅は、頬を赤らめた。

 それは、まちがいなく──梅のための品物だったからだ。
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