アリスズ
☆
ようやく門をくぐって、ほっとしていた時。
「あんた、そんな髪で神殿に行く気かい!?」
さっき、様子を聞いたおばさんに、突然後ろから景子を呼び止められた。
「はい?」
驚いて振り返ると、とんでもないと言わんばかりの顔をしているではないか。
「そっちの兄さんはいいだろうけど…あんたそれじゃあ、神官様にあきれられるよ」
ちょっとおいで。
兄さんと言われた菊が、盛大に苦笑している中、景子は道の端へと引っ張られた。
「何だい、このくにゃくにゃの髪は」
そして、面と向かって髪をけなされるではないか。
ガーン。
景子の髪の天然パーマっぷりは、自分でも好きにはなれない。
だが、他人に向かってはっきりそういう人は、日本にはいなかったのだ。
少なくとも、建前上は。
旅を続けて随分たつので、肩下ほどに伸びはしたが、相変わらずのくるんっぷりだった。
「そんな泣きそうな顔しなさんな…ちょいと油をつけて編んでしまえば分からないって…まあ、短いのはごまかしようはないがね」
おばさんは、大げさに両手を広げながら、景子に笑いかける。
悪意のかけらもない。
ただ、腹の底から正直な人なのだろう。
「櫛を捧げる神殿だからね…見てごらん、女性の髪の美しいこと」
巡礼者が通り過ぎてゆくのを、おばさんは顎で指した。
右手に櫛、左手に油を取り出したせいである。
そう言えば。
景子は、女性の髪を見た。
つややかな栗色の髪や黒髪に白い髪。
いずれも、太陽の光を艶やかに反射している。
垂らしている人は、よほど髪に自信があるのか、長く長く美しい。
ほとんどの女性は結っていて、それでもなお艶は明らかだった。
「自信がないなら、せめて結っておくんだよ…こんな髪じゃ、お嫁にも行けないからね」
そして、やはりおばさんは──悪意はなかった。
男と間違われた菊は、その方が都合がいいと知らんぷりをしている。
しかし景子は、髪と嫁とのダブルパンチをくらい、頭がずっしり重くなったのだった。
この国では、31歳ってこと黙っててもいいかなあ、などと。
往生際の悪いことを考えながら。
ようやく門をくぐって、ほっとしていた時。
「あんた、そんな髪で神殿に行く気かい!?」
さっき、様子を聞いたおばさんに、突然後ろから景子を呼び止められた。
「はい?」
驚いて振り返ると、とんでもないと言わんばかりの顔をしているではないか。
「そっちの兄さんはいいだろうけど…あんたそれじゃあ、神官様にあきれられるよ」
ちょっとおいで。
兄さんと言われた菊が、盛大に苦笑している中、景子は道の端へと引っ張られた。
「何だい、このくにゃくにゃの髪は」
そして、面と向かって髪をけなされるではないか。
ガーン。
景子の髪の天然パーマっぷりは、自分でも好きにはなれない。
だが、他人に向かってはっきりそういう人は、日本にはいなかったのだ。
少なくとも、建前上は。
旅を続けて随分たつので、肩下ほどに伸びはしたが、相変わらずのくるんっぷりだった。
「そんな泣きそうな顔しなさんな…ちょいと油をつけて編んでしまえば分からないって…まあ、短いのはごまかしようはないがね」
おばさんは、大げさに両手を広げながら、景子に笑いかける。
悪意のかけらもない。
ただ、腹の底から正直な人なのだろう。
「櫛を捧げる神殿だからね…見てごらん、女性の髪の美しいこと」
巡礼者が通り過ぎてゆくのを、おばさんは顎で指した。
右手に櫛、左手に油を取り出したせいである。
そう言えば。
景子は、女性の髪を見た。
つややかな栗色の髪や黒髪に白い髪。
いずれも、太陽の光を艶やかに反射している。
垂らしている人は、よほど髪に自信があるのか、長く長く美しい。
ほとんどの女性は結っていて、それでもなお艶は明らかだった。
「自信がないなら、せめて結っておくんだよ…こんな髪じゃ、お嫁にも行けないからね」
そして、やはりおばさんは──悪意はなかった。
男と間違われた菊は、その方が都合がいいと知らんぷりをしている。
しかし景子は、髪と嫁とのダブルパンチをくらい、頭がずっしり重くなったのだった。
この国では、31歳ってこと黙っててもいいかなあ、などと。
往生際の悪いことを考えながら。