アリスズ

 景子の髪は、二つの小さな三つ編になった。

 天然パーマの髪は、実はそんなに多くはないので、編んでしまうと小さなしっぽみたいになってしまうのだ。

 あ、あは。

 鏡はないが、その髪型には覚えがあった。

 中高と、こんな頭だったのだ。

 こんな年で、二つのおさげなんて、は、恥ずかしい。

 おばさんに綺麗に整えてもらった手前、勝手にほどくわけにはいかず、景子は一人で照れまくった。

 菊が、そんな彼女を見て。

「私より年下に見えるよ」

 と、小さく茶化す。

「ちがっ、あう…あわっ」

 顔が、ますます赤くなる。

「ああ、そうか…なんか変だと思ったら、あんたたち遠くの国から来た人かい」

 二人の会話は、日本語だった。

 おばさんは、珍しそうな、しかし合点のいった顔をする。

「道理で、髪もそんなだったワケだ…海でも越えて来たのかい?」

 どんなところだろうねえ。

 見知らぬ国のことを、彼女は想像しているようだった。

 反射的に、景子の心に記憶の海が甦る。

 ああそうか、ここにも海があるのか。

 日本は、海に囲まれた国だから、海を越えなければよその国へは行けなかった。

 ここへは、海以外の何かを越えて来た。

 しかし、この世界を歩いている間に、海というものには出くわさなかった。

 大きな大陸なのだろう。

 その内陸部を、彼女は歩いて来たに違いない。

「海は…ここから近くの海は、どこへ行けばありますか?」

 行く気が、あったワケではない。

 でも、聞かずにはいられなかった。

「ん? ああ、そうだねえ…このままずっと東に行った方が近いかねえ」

 指された方向は、これまで歩いてきた道とは逆。

 梅のいる町より、もっと遠くなるところ。

「ありがとうございます」

 行こうが行くまいが、関係ないのだ。

 海はどっちか。

 それが分かるだけで、少し安心する自分がいる。

 ああ。

 私は、本当に日本人なんだわ。

 海に囲まれた祖国を、彼女は胸の中で噛みしめた。
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