春夜姫
  ふゆのひは ともとおどれよ
  やわらかな ひのひかりには
  つちのかみ まどろみたもう
  はるのひに よきつちであれ
  つちのかみ はるぞなえせよ
  あしならし ゆめねむらすな
  ふゆのひは おどれよともと

 自分の歩みに合わせながら、夏空が呟きます。春夜には耳慣れない、不思議な音の昇降をします。クロは時々地面を掻き、そこを嗅ぎながら進んでいました。
「畑仕事の歌です。僕の故郷の冬はほとんど雪が降りません。雨も少なく土が乾くので、こう歌いながら川から水を運び、畑に水を撒いていくのです。川から遠い畑から順に。水を運んで歩くのはとても疲れるけれど、みなで揃えて歌うと力が湧いてくる」
「夏空様も水を?」
 春夜はびっくりして尋ねました。

「ええ。と言っても、数えるほどです。民がそうして力を合わせて働くおかげで、冬でも採れたての野菜を食べられる」
 春夜だって、畑仕事をする者がいるおかげで、自分が食べることができるのは分かっていますが、共に作業をしたことなど一度もありません。

「この歌が聞こえる季節は、雨と春を待つ季節です。続きを歌っても」
 声を弾ませて故郷の話をする夏空に、春夜は笑顔で頷きます。夏空はまた、歩みに合わせて歌い始めました。

  ふゆのひは ともとおどれよ
  にぎやかな われらのこえに
  くものかみ つどいきたもう
  はるのひに よきあめふらせ
  くものかみ はるぞなえせよ
  あしならし さらにくもよべ
  ふゆのひは おどれよともと

 夏空は先ほどよりも、はっきりと声を出していました。春夜にはより一層わからない音の昇降です。
「聞き苦しいか、やはり」
 夏空は寂しそうに口にしました。
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