春夜姫

 夏空が目を開けると、そこはまばゆく明るいところでした。腕の中には春夜がいます。
「姫! 春夜姫!」
 呼びかけますが、返事はありません。ただ、息は整っており、どうやら深く眠っているようです。夏空は安堵して肩を下げました。
 傍に丸くなっていたクロは、夏空の声で気付いたのか、すっと立ち上がりました。姫の顔を覗いて、「眠っているようだ」と夏空が言うのを聞くと、小さくワン、と答えました。

「どこだろう、ここは」
 夏空は改めて辺りを見回しました。白と黄色のあわいの色をした広間がどこまでも続いているようです。足元は、落ち葉を幾重にも敷き詰めたように柔らかく、それでいてしっかりとしていて、まるで秋の日だまりにいるように暖かいのです。
 クロはとことこと歩き出しました。この広間に何があるのかと探しに出るようです。

「おお、気付いたか」
 にわかに、声が降ってきました。夏空はクロを目で追っていたので、それで気付かなかったのでしょつか、夏空の傍らに立っていたのは――
「ああ、あなたが助けてくださったのですか」
 白いひげをたくわえたおじいさんが、ゆっくりと頷きました。

「姫をこちらへ」
 おじいさんが手を払うと、そこがカーテンのように開きました。ここは大きな天蓋の中のようで、カーテンの外は夜空。一面の星明かりの下に、美しい渓谷の景色がありました。谷の岸壁に沿って建物があり、夏空は春夜を抱き上げ、おじいさんに続いて天蓋の外へ出ます。いつの間にかクロが戻ってきていて、おじいさんを見上げて嬉しそうに鳴きました。
「姫がわしの加護を強く願った。見ると、姫が力尽き、お前さんがたが魔の森で結界無しで露わになるところじゃったので、慌ててこちらへ連れてきた」
 夏空の腕の中で、春夜の周りをいくつかの光の塊がふわふわと漂います。その光が覆ったところは、例えば土汚れのついた額からはその土汚れが消え、乾いた唇には潤いが戻りました。その光に誘われ、星空の見える大きな窓がある寝所へ入りました。夏空は寝台に姫を下ろしました。いつのまにか旅装束ではなく、柔らかな夜着に変わっています。気付けば自分の手からも土汚れはなくなっており、ゆったりした肌触りの良い衣をまとっていました。
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