春夜姫
 ある家の庭に、赤い果実をたわわに実らせた木を見つけました。夏空はその木の枝に降り立ちました。

 丸い果実は、故郷の秋の夕焼けを思わせるような美しい赤で、鼻の奥をくすぐるような甘い香りがします。皮ははち切れんばかりに張っていて、まさに食べ頃。夏空がくちばしの先で少しでも触れたなら、そこから濃厚な果汁が溢れ出るに違いありません。

 これが探していたものかも知れない。
 夏空は先からの空腹と誘惑に負け、その果実にくちばしを向けました。
 その時です。

 ワン! ワン!
 木の下で黒い大きな犬が吠え、びっくりした夏空は慌てて羽ばたきました。

 ワン! ワン!
 気が動転して、夏空は木の上をぐるぐると回っています。
 やがて、犬の声に気付いたのか、家の中から人が飛び出してきました。十歳くらいの男の子です。
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