春夜姫
「夏空様」
「夏空、で結構ですよ」
「では夏空。儂の昔話を聞いておくれ」

 北風がクロと夏空の脇を通っていきました。


「儂のご主人は、畑も耕すが狩人でな。森の道に明るい。姫様が生まれる前、王様とお后様を赤の魔女の元へ案内したのもご主人だ」
「どうしてお二人は」
「長くお子がなくて、たいそうお悩みであった。高名な赤の魔女の元へ、藁にもすがる思いで向かったのだろう」

 クロは森の方を見つめていますが、その目は別のものを見ているようでした。
「儂はご主人の狩にはいつもご一緒する。その時もそうだ。そして、十歳になった姫様が一人で魔女に会いに来た時も」

 クロの声が、少し暗くなりました。
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