春夜姫
「姫は」
 夏空は、自分の喉がとても渇いていることに気づきました。

「地べたに座り、顔を手で覆っていた。近づいてみると涙をぼろぼろとこぼしている。その様子は、ご主人の坊やが道で転んで泣いているのとほとんど変わらないのに」

「泣き声がしなかった……」
「その通りだ」

 すると突然、クロの耳がぴんと立ち、尻尾を大きく動かしました。駆け出し、立ち止まるとワンワンと勢い良く吠えました。
 その声で、家の中に戻っていた男の子が外へ出ます。
「父ちゃんだ!」

 夏空は羽ばたき、屋根の上に乗りました。畑の中の細い道をこちらへと歩く人影が見えました。男の子とクロが、競うように人影へと走っていきます。

 気づけば、既に日は西に沈みかけ、遠く見える家の窓には明かりがともっています。
 男の子に続き、女の人が家から出てきました。男の子の母親でしょう。入り口に付けられたランプに、火を入れました。
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