春夜姫
 昨日、夏空が魅入ってしまった果実は、雪をかぶって真っ黒に変色していました。
「不気味な木だろう」
 クロが夏空の視線を追いました。

「あれも魔法に当てられてしまったんだ。雪に三度降られてから収穫して、家の中で乾かす。乾燥したら砕いて水と土に混ぜる。ご主人はそれを畑に少しだけ撒く。野菜に虫がつかなくなる」

 クロが話す間に、家の中では奥さんが朝ごはんの支度を始めました。
「ほら、早く行きな。もうすぐご主人も坊やも目を覚ます」
 夏空は小さく頷きました。
「時間が経てば経つほど、別れは辛くなる。夏空、君の無事を祈っている」

 もう少しゆっくりしていきたいような気持ちを振り払い、夏空は姿勢を正してクロを見上げました。
「お世話になりました。本当にありがとう」
「気をつけてな」
「はい。クロさんも……どうぞ長生きして下さい」
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