揺らぐ幻影


『普通に時間とってるから』


耳に留まるのは、自称親友ならではの言葉。

サプライズでお誕生会を開かれた時みたいに、結衣は優しさを覚えた。


こんなに応援してくれるなら、わざと甘えるしかないではないか。

休日がとか呼び出しがとか、うじうじしている暇はない。

ぐじぐじしている間に星空から宝石がこぼれ落ちるかもしれないのだし、

謙虚なフリして現実逃避をしている場合ではない。


《十四日は? 三十分もかからない》


なりふり構わず直球で送った。

もうこの文章でバレバレだろう。例えば近藤が鈍い男だったにしろ、余裕で気付くだろう。

休日は好意がある人しか呼び出さない、バレンタインは恋心がある人しか指定しない、

女の子は好きな人にしかメールをしない。


これでノーなら答えは一つ。

祈るように受信メールを開く。

この手が震える意味を、彼は知らない。だから、知ってほしいと願う今。


《バイトの後なら。二時以降は全然大丈夫》



「オッケーだった!」

友人に報告をした瞬間、ゆるゆると緊張の糸が解け、

腰が抜けたのか、おもいっきりベッドに寝転がった。

天井に浮かんだお洒落居酒屋の行灯のようなオレンジは、心が安らぐ色だ。


  どしよ

  良かった

近藤はバレンタインにデートをする予定がないから、シフトを休みにしていない。

何も恋愛絡みの計画がないから、その日はアルバイトをしている。

  ……良かった!

  ライバル、居ない、よね、?


単純に嬉しかった。

十四日に仕事しか内容がない残念な人で良かった。


《ありがと、ナントカ駅二時半にバスターミナルの待合室で。よろしく》

《了解》

これは業務連絡ではなく、ラブレター。
例文とは違い、真心がこもっている言葉。

毛玉が出来難いとかで購入した綿のシーツは肌触りが良く、皮膚に溶け込む。

むやみに足を滑らせ、ひやりとした心地良い感触の場所を探してしまう。

しっとりと真綿に包まれると、自分がひどく大事にされている気分になれるから、

ベッドの上で時間を潰すのが好きだ。


ドキドキが秒針より速い、この快感は何なのだろうか。

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