揺らぐ幻影

まず現在の状況を整理すると、結衣と近藤は明らかに他人で、

どんなにひいき目で見ても顔見知りと呼ぶのもおこがましい。

二人の間には何の感情もない、無だ。

悲しいけれど事実は事実。
結衣は里緒菜と愛美の冷静な言葉に納得した。


もしも街中でばったり会ったとしても、挨拶どころか会釈もない間柄な上に、

そもそも近藤は結衣に気付かないだろう。

同じ学校の制服を着ていたとしても何も関係ない。

わざわざ目に止めない風景。
彼女は彼にとってその程度の存在しない存在だと推測される。


従って、いくらこちらが熱を上げようと、向こうは結衣を知らないので何も伝わらないのだが、

それは顔も名前も認識していやしないのだから仕方がないことだ。


つまり、早い話がこんな状況で告白したところで勝算はゼロ。

『好きです』の返事は、はい・いいえではなく、

『ごめん誰かな? よく知らないから』的な流れだろう。

そんな訳で、告白をした時が二人の初めましてになるのだから、今の時点で付き合えるはずがない。


そのような点を整理すると、結衣に残念な未来しかないのも承知だし、

むなしいけれど 近藤が自分にときめいていない現実にも納得している。


このまま生活していても、ずるずる片思いを続けるのみで、

彼が彼女を好きになることはない。


そしてまた共通の知人も居ないため、頑張るにしろ持ち駒が少ない――というより切り札がゼロだということも理解している。


単純に何も武器がない結衣がこのままの状況で好きでいても、

何も変わらないままだとズバズバ切る二人に多少凹んだけれど、それでも素直に頷いた。


漫才の最初に若手お笑い芸人さんが言う『顔と名前だけでも覚えて帰ってください』といった決まり文句に感情移入したのは初めてだ。

それくらい初対面にも達していない関係――近藤は結衣という生き物を知らない。

近藤は結衣に好かれてしまっていることを知らない。

けれども、結衣は恋をしてしまっているからそんな心配や不安に浸る暇はない。

猪突猛進、四文字熟語を日常生活で言っちゃうなんて、なかなか彼女も賢いじゃないか。

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