揺らぐ幻影

瞬きなんて忘れていたし、もしかしたら息をもしていなかったのかもしれない。

それから泣きそうな顔をしていたかもしれないし、ひょっとすると怒った表情をしていたのかもしれない。


安定感の悪い折りたたみ自転車を配慮してか、

静香がガードレールの調度いい高さに足をかけ易いようにと、

彼女に気を遣い近藤が停まる場所を選んだらしい様子とか、

後ろの静香は立ち乗りだから、自然と近藤の肩に両手を置いているとか、

なんで、なんで、ナンデの単語ばかりが結衣の体内を支配した。


『よーぺー』とは、洋平をもじったあだ名なのだろうか。

服コは仲良しなので、例えば市井はイッチーで、静香は静香ちゃんと言った具合にクラスメートたちはニックネームで呼び合う。


けれども近藤洋平の愛称はコンコンだ、よーぺーではない。

片思い情報収集、彼のプロフィールに『よーぺー』なんて挙がらなかったし、

少なくとも今、静香が呼んだのを聞いたのが初めてだ。

だとすれば、二人だけの愛称と言う判断が妥当だろう。


展覧会になぜ一緒で行くのか。

アットホームな服コらしくF組全員で行けばいいじゃないか。

ハンドルを握る手袋の中で、結衣の手は原因不明な感情に震えていた。


「よーぺーと結衣ちゃんとか意外ー。仲良しだったっけ? あはは」

笑う静香に対して女の意地が働き、結衣は完璧な微笑みを送った。

きっちりと口角を持ち上げ、歯を見せ、目尻を垂らして、

笑顔の作り方にビッチ度が比例するのかもしれない。


「んー? ふつーだよ普通、関係ないって、はは」

近藤がけだるそうに言う。
ひどく嫌そうに眉を歪めるのはあんまりだ。

せめて動揺してくれていたなら、こんなに結衣の息は苦しくなかったはずだ。



「ばいばいっ」

怒鳴るように叫んだのは、親しそうな二人を見たくなかっただけだ。

夕日に馴染む髪色をした二人を見たくなかったからだ。


家とは違う方向に自転車を走らせた事に気付けなかった。


この感情が嫉妬だなんて、結衣はまだ知らない。

世界は茜色に変わっていく。
赤く燃え立つのは、愛ではなくて嫉妬だ。

そう、視界は醜い感情で覆われてしまっていた。

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