揺らぐ幻影
オレンジの後ろに、ほんのり赤みがかった色が覗く。
近藤と目が合った。
単純なもので、自分の名前に反応してもらえただけで、また頑張ろうとスイッチが変わる。
心配してくれたんだと嬉しかった。
まだ彼に感情を与える人であることが安心した。
市井の空々しい演技力に拍手だと感謝したい。
だって、ずっと無視してきた近藤が結衣を見ている。
「雅ー、田上さんハグしてやれよー? あはは」
長い廊下に響くのは、クラスメートの男子が女子を茶化すような軽さがある好きな人の声だった。
甘かった。つくづく結衣は甘かった。
嫌われていると知ったばかりで、期待するからこうなる。
きっと、近藤は結衣に興味がないのだ。
たとえ噂で彼女と市井が付き合っていようが、夜の関係を持っていようが、どうだっていいのだ。
好いてくる大塚に関心がないのと同様に、愛しの彼だって結衣に特別何も思わないのだ。
ああ、今度こそ泣いてしまいたい。
すると、目の前の王子様は優しくハグしてくれるし、もしかすると近藤の恋心をくすぐれるかもしれない。
女子高生、十五歳、時に計算をして涙を操るべきだ。
けれど、
「もー! イッチー、いつもみたいに抱きしめてよね!」
馬鹿みたいに結衣は笑って市井の肩を突いた。
そう、小悪魔になる勇気さえなくなってしまったらしい。
だって、もう窓は閉められた。
頑張って頭を働かせ術計したにも関わらず、スルーされたら立ち直れない。
したたかトラップ優等生は、頑張って彼との接点を作る勇敢な努力家なのに、
現実逃避しかできない結衣は弱虫だ。
「リアルに馬鹿なんだ?」と、市井が言う。
それは甘い罠だから駄目、しっとり語る系は駄目、甘えたらいけない。
従って、少女は吠えた。
「自覚してます天然ボケじゃねぇからな!?」
笑っておけばごまかせるから、滑った口調でも大丈夫。負け犬の遠吠えでも大丈夫。
唯一の武器、虚勢さえ無くなった今、もう粘れなくなる。
好きな人は遠い人。
好きな人は違う人を好きな人。
泣く奮闘さえしない臆病者は結衣だ。
来週の今日は十三日の金曜日、このままだとやっぱり凶兆しかしない。