揺らぐ幻影

気味が悪いくらい生徒の声がない教室、

閑静な住宅街ばりに控えめな物音しかしないE組、

テスト用紙を前に、点数に余裕なのか一人の女子高生がぼんやりしていた。


恋愛真っ最中な彼女、正直今垂れ流しにしている時間が進級に関わる貴重な一刻であろうが、どうでもよかった。

しかしシャープペンシルを握る手には、どの生徒よりも力が篭っているんだとか。


  ……、失敗

せっかく結衣なりに頑張ってマフィンを作ったのに、寝る間も惜しんで勤しんだのに、

恋愛スキルが足りない人間が完成させたのは嫌われ度だった。


いいや、初恋だとか異性に慣れているかどうかなんて、実際近藤には関係ない。

単純に結衣が結衣だから嫌われた。
静香が静香だから隣に居る。


我が儘を貫けば、鋭意研究に努めた分だけ報われないと嫌だ。

好きになったら好かれないと嫌だ。

近藤の彼女になりたいと思ったら、結衣の彼氏になりたいと思われないと嫌だ。

見返りを求めない尊い人になんかなれない。
ご褒美が欲しくて堪らない。


こんな時は優しく好きな人に抱きしめてほしいのに、あろうことか彼は別の男に結衣を触らせようとしていた。

ハグをしろと。
結衣は静香が近藤の頭を叩いただけでも嫌だったのに、

彼ときたら結衣が市井にホッペを突かれてようがお構いなしだった。

ちっとも嫉妬してくれなくて、痛い女を軽蔑するかのように冷めた目で見ていただけだった。


  なんで、こうなんだろ

独断でお菓子なんか渡したのが、いけなかったのかもしれない。

いつものように自称親友の二人を頼れば良かったのかもしれない。


きっと端的に言われたはずだ。
『渡さない方がいいよ』と忠告されたはずだ。

勝手なことをしたからこうなった。余計なことばかりするからこうなった。

そう、無言主義の王子様が苛立ちダメ出しをしてしまう程に嫌われてしまったらしい。


動かした文字、筆圧が弱い言葉。

二年生になるためのテスト、恋の偏差値はいくつなのだろうか。


チャイムが鳴るなり、廊下に足音が響いた。

オレンジ色とワイン色が曇りガラスを仲良く汚していった。




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