揺らぐ幻影
たとえば胸のポッケに入れたポータブル音楽プレイヤーの紐が肩にかかっている状況だけで、
市井と別れ一人になってから、近藤は聞くはずだと妄想できる。
どんな曲を聞いて、どんな風に感じて、その歌にどんな思い出を残し育ってきたのだろう。
例えば愛を謡ったメロディーで好きという言葉に結衣が想いを馳せるのは近藤なのだが、
彼の場合は誰を頭に浮かべるのだろうか。
叶うなら、いつの日か結衣を想像してほしい。
赤いイヤホンは紺色のブレザーに栄え、反対色ばりに目立つので存在感がある。
片方貸してくれる甘い日は訪れるのだろうか。
たったそれだけで、たくさんの空想を巡らすことができるなんて、
もはや恋の病の一種と言ってもさほど問題ないだろう。
瞬間、強い風が髪をさらい後ろへと勢いよく流れた。
台風のように有無を言わせずすべてを薙ぎ倒す。
そう、彼は彼女の心を掻き乱す――大勢の中から、好きな人から見つけてもらえる子になりたい。
近藤の音で名前を呼んでもらいたい。
もしも彼氏彼女になれたなら、『田上』『結衣』、『結衣ちゃん』どれで呼ばれるか考えて、
『近藤くん』『洋平』、『洋ちゃん』なんと呼べばいいかで悩む。
付き合っていやしないのに、付き合ってからの悩みが尽きなくて、
仮定の話でにやけたり、切なくなったり、一歩間違えば正真正銘の痛い人となる手前が結衣のような片思い乙女心だ。
彼が好きな曲を鼻歌で奏でたい気分、いいやハンドベルだって即興で披露してやりたいくらいに、この幸せは頭をおかしくさせる。
ものさしが近藤、中心が近藤、価値観が近藤。
恋をすると安上がりに人生論が変わってしまうのは何故。
なんでも判断基準が愛しい人になるなんて、一年前の結衣は知らなかった。
新しいことばかりで、覚えることばかりで、思春期に成長するには恋愛が必須だと思うしかない。
大人たちはキレやすい子供が増えることに不安を抱くならば、是非とも時間割に恋愛学を組み込めばいい。
対人スキルアップ間違いないのだから社会適合性が身につくはずだと、結衣はゆるいことを思った。
このようなくだらない発想が高校生らしい若さ故の可愛らしさだ。