一なる騎士
 騒ぎの元は城の表玄関からだった。

 リュイスが到着したときには、そこはもうもうとした土煙が立ちこめていて、状況がよくわからない。ただ、幾人もの兵たちが白刃を手に土煙の前に立ちはだかっていた。

(何があったんだ)

 近くにいる兵を問いつめようとしたとき、リュイスは右肩を背後から掴まれた。

「こんなところで何をしている?」

 問いかけに振り向くと、長身のリュイスよりさらに頭一つ高く、横幅となると倍はあろうかという巨漢が、薄青い瞳にきつい色を浮かべて、彼を見据えていた。

「アスタート隊長?」

 リュイスの直属ではないが、上司にあたる男。三十五才という男盛り。その巨躯と武勇と高潔な人格で多くの騎士たちの人望をも集め、爵位のない騎士の家系の出ながらも、城の警備を一任されていた。

 騒ぎにたたき起こされてきたのだろう。いつもはきちんと整えている銀髪が乱れて、ぼさぼさだった。制服の襟元もきちんと止められてはいず、見事な胸筋がのぞいていた。

 けれど、鋭い眼光に眠気の色はなく、声にも張りがある。

「何をしているかと聞いてる。宮中にあるときのお前は『一なる騎士』だ。一介の兵士ではない。なぜ、こんなところに出張ってくる? いざというとき、陛下をお護りするのが、お前の役目だろうが。こんなところで野次馬をしている場合ではないだろうが」

 リュイスは唇をかむ。陛下は彼を寄せ付けようとはしない。それで、どうやってお護りしろというのか。それにあの陛下は彼の護るべき『大地の王』ではない。

 が、リュイスにはまだ何も言えない。ほんとうのことをまだ言うわけにはいかないのだ。

 ただ、視線だけは逸らさない。真に護るべきものを見出した彼に怖いものはない。
 アスタートの猛々しい眼差しにもけっして怯むことはなく、にらみ返す。

「なにか文句でもあるのか」
 
 幾分、怪訝げにアスタートは尋ねる。

 いつもなら、こんなとき、何も言い返せずに、うつむいてしまう彼が視線も逸らさずに見返してくる。

 黒曜石の瞳に、強い意志を乗せて見返してくる。

 二人の間の緊張を破ったのは、もうもうとした土煙の中からの声だった。
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