一なる騎士

(5)精霊使い

「すみませんね~」

 ようやく収まろうとしている土煙の中から、一人の人物が進み出てきくる。

「今夜の精霊たちは張り切っていて、こんなに壊すつもりじゃなかったんですけど」

 白刃を手に殺気立っていた兵たちだったが、土煙の中からあらわれた姿に拍子抜けした。

 実に上品そうな老婦人だった。

 混じりけ無しの白髪を結い上げ、小柄な身体を、こぎれいな灰色のドレスに包んでいる。土煙の中にいたというのに埃ひとつかぶってはいない。

 優しげな茶色の瞳が悪戯っぽく輝いて、恐れげもなく自分を取り囲んだ屈強の男たちを見回す

 顔の造作が小作りなせいか、いっそ可愛らしい印象があった。
 若い頃はさぞかし愛らしかったことだろう。

「あなたは、精霊使いの長」

 彼女の正体を見極めたアスタートが、兵士たちに剣を納めるよう合図する。

 がちゃがちゃとそこかしこで、剣を鞘に納める音が響く。

 精霊使いの長と呼ばれた老婦人は、優しい笑顔を返した。

「覚えていて下さって嬉しいわ、アスタート。もう十年ぶりかしらね。あなたもすっかり立派になって」

 精霊。

 自然界を司る六種の荒ぶる魂。
 水と風と土と光と火、そして生命。
 常人の目に見えぬそれらを、自在に操るものたち。

 それが精霊使い。

 前王までは彼らを重用していたのだが、現王はなぜか彼らを嫌い、即位直後にほどなく宮廷から追い出してしまった。そのため、リュイスは彼らとはほとんど面識がない。

「ちょっと急いでいたもので、乱暴なことをしてしまってごめんなさいね。でも、なかなか取り次いで頂けなくて、焦っていたのですよ」

 何ほどでもない世間話でもするように軽い調子で彼女はつづけた。

 けれど、土煙がようやくおさまって見えてきた彼女の背後には、城の玄関扉の残骸が転がっている。どんな力が加わったものか、ばらばらになったそれは、もうとても使いものにはならないだろう。
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