一なる騎士

(3)出陣の朝

 その日は朝から妙に騒がしかった。

 レイルは、まだろくに明るくもならないうちから起こされて着替えさせられる。

 しかもいつもの動きやすい服でなく、上等だけれど窮屈な服。黒地に金の刺繍が入り、首元までぴっちりとつまった上着、黒の細めのズボン。お祖父様からの贈り物のそれは特別なときでなければ着ないものでもあった。

「やだよ、アリア、これキツイ」

 やっと五歳になったばかりの幼いレイルは、眠気も手伝って着替えさせている家政婦のアリアに駄々をこねる。

「ダメですよ、お坊ちゃま。ほら、ちゃんとして」

 レイルのわがままをたいていは聞いてくれる優しいアリアは、その日に限ってにべもなく、少々荒っぽい手つきで首もとの金具をつけると、今度は黒光りする長靴を取り出した。

 しかたなく眠い目をこすりながらも、レイルは長靴に足を突っ込むと、アリアが金の靴紐を締めあげる。

「お祖父様がお呼びですよ。急がないと叱られます」

 いつもの彼女とは違ってせわしげな口調で、有無を言わせず鏡の前に引っ立てられた。背後に回ったアリアに寝癖のついた薄茶の髪を梳られる。

 いつもより格段に乱暴な手つきに、レイルは声を上げる。

「痛い、痛いよ」

 けれど、アリアはレイルの抗議に耳を貸さず、作業を進める手を緩めない。
 髪を引っ張られる痛さに涙が出そうになったとき、やっとアリアは手を休めた。鏡の中のレイルに満足したのかひとつ頷いた。

「さあ、参りましょう。お坊ちゃま」


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