一なる騎士
「用って、」

 サーナは言いかけて、あたりに漂う濃厚な甘い匂いに気づいた。

「何の匂いですか、これ」

 リュイスは無言で身体を戸口から退け、その先にある光景を示した。

「すごいっ!」

 少女は素直な感嘆の声を発したまま、花々が咲き乱れる光景に見入った。
 そして、やがて深々とひとつため息をつき、うっとりと言った。

「これって、やっぱり、姫様の誕生を祝しているんですね」
「姫様?」
「そうです。お生まれになったんです。もうほんとに信じられないほどに綺麗な姫様なんです」
「そうか」
「そうかって、ほんとにほんとにほんとーうにっ、お綺麗な御子様なんですってば」

 サーナは、リュイスの淡々とした素っ気ない反応に業を煮やしたのか、握り拳をつくって力説するが、リュイスにとっては産まれた子供が綺麗だろうが、醜悪だろうが、どうでもいいことだった。大体、生まれたての赤子などどれもたいして変わりばえはしないもの。昨春、生まれた甥など、どうひいき目に見ても、しわくちゃで真っ赤な小猿にしか見えなかったものだ。

「で?」

 息せきってまで、駆けつけてきた用件を言うようにと促す。

「で? って」

 きょとんと彼を見上げる少女の鈍さにリュイスはあきれながらも、淡々と尋ねる。

「君はそれだけを知らせに来たのか」
「え? あっ、もちろん、そうじゃありません。陛下が『一なる騎士』様に祝福の言葉をかけていただくようにと」
「僕が?」
「お役目なのでしょう」
「確かにそうだな」

 リュイスは深々とため息をついた。沈鬱な翳りが再び彼の面に宿った。

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