一なる騎士
 リュイスの母は、彼が物心をつくかつかないうちに亡くなってしまったために、彼にはほとんど母の記憶はない。

 特に体が弱いというわけでもなかったのにある日風邪を引いて体をこわしてから、あっけなく逝ってしまったという。

 家に残る肖像画に描かれた母は、リュイス自身によく似た面差しを持っていた。すっきりと整い、大輪の薔薇のようにあでやかで人目を奪う華やかな容貌。けれど、美しいだけではない。黒曜石の瞳には意志の強そうな輝きがたたえられ、引き締まった口元は強情そうで一筋縄ではいかない激しい気性の人物にも見えた。

 実際、家族の反対を押し切り、爵位のないただの騎士であった父の元に押し掛けて結婚した人だ。親に従うのが当たり前として教育されるふつうの女性には、とても無理な話だったろう。

 六年前に亡くなった父は、穏やかで物静かな人だった。騎士としては優しすぎるほどで、そのせいか武芸の腕はからっきしであった。リュイスの記憶にある父は書斎にこもって本を読んでいることが多かった。もともと学者向きの人だったのだろう。

 風采もそれほどあがるというわけでもなく、騎士としても目立たたなかった地味な父を、当時の社交界のなかでも一際華やかなだったという母がなぜ選んだのかいまだに謎だった。

 謎といえば、母には不思議なところがあったとも聞いたことがある。先に起こることが、わかっていたような。突然の出来事でも、まるで前からわかっていたかのようにいつも準備ができていたという。

 はるかな昔、最初の『一なる騎士』の母は、女神の巫女にして優れた予言者であったと言う。リュイスの母はその血を受け継いだ先祖返りでもあったのだろうか。

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