一なる騎士
「失礼します」

 公爵の書記が入ってくると完成分の封書を持ち去っていく。すぐに早馬が仕立てられ、宛先の貴族のもとに届けられる。まったくもって準備のいいことであった。

 セイファータ公爵はこの日を見越して、ずいぶん前から手配をしていたに違いない。でなければ、あまりに手際がよすぎる。

 こうまで公爵が積極的に協力する理由など、リュイスにはとうに察しがついていた。

 王の交替後、今以上の実権を握るためである。功績が大きくなれば、とうぜん無視し得なくなる。それ相応の敬意と報酬が必要となる。

 しかし。

 ぎりっと、リュイスは無意識のうちに唇をかんだ。

 セラスヴァティー姫に暗殺者を差し向けたのは、他ならぬ彼だ、とリュイスは確信していた。自分に都合のいいものを王位につけるためには姫が邪魔だったのだ。

 そんな人間の手を借りねばならぬとは、どうにも業腹だった。

 姫は公式には、いまだ生死不明のままとされていた。
 王は捜索をさっさと打ち切らせても、葬儀は出そうとはしなかった。

 リュイスは姫の生存を彼に教えるわけもなく、ひどく落胆したふりをした。
 公爵をだましきれたかどうかは、はなはだ怪しかったが、今はいっこうにかまわなかった。
 姫は今、精霊都市ヴォルデにある。あそこなら、いかな公爵とはいえど手は出せまい。

 そして、もうひとつリュイスには気にかかることがあった。

 あの日、王の居室から出たリュイスを待ち受けていたのは、城の警備隊長でもあるアスタートその人だった。


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