アンガー・グラッチ・ヘイトレッド

      *

「お・に・い・ちゃん。」
「ん?どうした?」
少女はにへへーと笑顔になる。
「また遊ぼうねー。」
「あぁ。いいよ。」
少女はお兄ちゃんと呼んでいる少年の手をしっかり握っている。
2人は近所の公園からの帰り道だった。
「お母さん、夕飯は何作ってるかなー?」
「アタシ、スパゲッティがいいなぁ。」
「こーら。アタシじゃなくてワタシってお母さんが言ってただろ?」
少女は困ったなぁと言う口ぶりで、
「それ直すの難しいんだもんー。」
「はははっ。練習練習。」少年はにっこり笑う。
「お兄ちゃん。大好き。」
「どうしたんだよ急に?」
「大好きだから、おんぶしてー。」
「そう言うことか…。分かったよ。」
少年はしゃがんで「ほら。」と促す。
「やっぱりお兄ちゃんのこと大好き。」
「はいはい。」
少年は「よいしょ。」と立ち上がり、歩き出した。
帰り道、2人の会話の中で笑いは途絶えない。
幸せな
仲の良い
兄と妹。

      *

「うぅ…。」

聞こえるのは自分の心臓の音だけ。

耳鳴りみたいに聞こえる。

さっき見ていたのは?
あれは…夢?
俺は眠っていたのか?
だけど今も真っ暗だ。
頭が痛い。
ぐらぐら揺れている。
あぁ…まただ。
また見える。
誰かの記憶みたいな。映像がざらついて。
夢を見ているような。


「お兄ちゃん!」
叫び声に近い少女の声。
いや、さっきよりも大人っぽい声になっている。
どうやらこの女の子から見た様子らしい。
「修一!止めなさい!」
あの人が2人のお母さんだろうか?
誰かに似ている。
腕には刃物で切りつけられた傷がある。
その傷からは血が出ている。
「うるさいっ!もう何もかも嫌になったんだよっ!」
青年だ。
声がさっきの少年とは変わってるけど、それは声変わりの性だろう。
それよりも彼は手に包丁を握っている。
この青年があのお母さんを切りつけたのか?
嫌な予感がする。
「皆嫌いだぁっ!」
青年がそう叫ぶと、体から黒いモヤモヤが出始めた。
青年は手にしている包丁をぐっと握りしめ母親に向かって突進した。
「止めろ!」
叫んだ。けど、この場にいる誰にも届きはしない。
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