かさの向こうに縁あり
私、一人で着物なんて着られないんだ……!


今着ているこれも平助に……と。


一瞬思い出したことを胸の奥にしまい込んで、急いで縁側に置いた紙と墨の入った硯、筆を取った。



『私、着物一人で着られないんです』


「あら、そうなの?じゃあ着させてあげる!」



そう言って苑さんは、ついて来て、と言うように自室に飛んでいった。


私の方が若いのに、何で私より俊敏なんだあの人は……


驚きの中で、まぁそれはそうか、と私は思い直す。



私は人生を楽しんでいない、いや、楽しもうとしていないから苑さんとも誰とも違うんだ。

根は明るいのかもしれないけれど、今ではもう心の中は真っ黒で真っ暗。



いつから私、こんなに無関心で無頓着になったんだろう――



「おーい、早く支度して行くよー?」



いつの間にか俯いて、何かに取り憑かれたように思い耽っていた。


私がついて来ないことを心配してか、苑さんが戻ってきた。


彼女の声で我に返り、すぐに下駄を脱いで縁側にかけ上がり、脱いだ下駄を持って彼女の背中を急いで追った。



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