ハルジオン。
それから何があったのか、達也はよく知らない。

ただ、母方の親戚筋と父との間で何らかのやり取りがあったであろうことだけは容易に想像がついた。

幾度となく声を荒げる父の姿を見た。
家の電話が頻繁に鳴っていたことも覚えている。

そして父は会社を辞めた。

達也は町の小さな工場で働きだした父と二人で生きていくしかなかった。毎朝保育所に預けられて、夜に父が迎えに来てくれるまでおとなしく遊んだ。

どうして母がいなくなってしまったのか分からなかった。僕が悪い子だったからだと思った。会いたくなって何度も泣いた。そのたびに父が抱っこしてくれた。いままでほとんど家にいなかった父と毎日一緒に過ごすようになった。

「ママが帰ってきたら、みんなで一緒に暮らせるね」

いつも父にそう言っていた気がする。実際本気でそう思っていた。

父の作業着に染みこんだ油の匂いが好きだった。

汚れた顔も嫌いじゃなかった。

だけど、

父の背中は日を追うごとに縮こまり、作業着に酒と女の香水の匂いが混じるようになると、二人の暮らしはあっという間に荒んでいった。

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