亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
陸続きで隣り合わせにある三国の異なる環境は、不思議な事に互いに干渉し合う事が無いらしい。
それを身を持って理解している旅人は、国と国を隔てる境目…いつ誰が決めたのか分からない国境に差し掛かると、今から向かう国の気候に合わせるためにわざわざ着替えなければならないのだそうだ。
極寒のデイファレトと、灼熱のバリアンという温度差の激しい両国がいい例だ。
繰り返し繰り返し厚い雪に足を取られながら、身を裂く寒波に耐え、いざ隣国バリアンへ…と目前に両国の国境が迫るや否や、旅人はきっちりと着込んでいた防寒着をおもむろに脱ぎ始める。
見る見るうちに細くなっていく旅人が最後に通気性に優れた日差し除けのマントを羽織り、バリアンへと一歩踏み出した途端……旅人を襲う殺人的な寒さは、裏を返したかの様に突然灼熱地獄へと豹変する。
今まで髪の先にぶら下がっていた小さな氷柱は、一瞬で熱い水滴となって足元の赤い砂地に身を投じる。落ちた水滴は地に着く前に蒸気と化した。
雨の降らない災厄に見舞われているバリアンの地は、永久の渇きに苛まれている。
砂漠を歩くにあたり、バジリスクや砂食いといった猛獣への対策もそうだが…何より大事なのは、大地も渇望する命の水だ。
その次に必要なのは正確な方位磁石。
磁気の狂った砂漠では、安物の磁石は使い物にならない。すぐに壊れてしまう。
しかし、精度の高い磁石は客の足元を見ているのか無駄に高く、貧困層の人間からすれば手の届かない代物でもある。
そういう時、磁石を持たない旅人は最終手段として、砂漠の危険地帯とされる辺りを避けながら、砂漠を囲む様に点在する大小の街々に沿って移動するしかない。
…傍から見れば、砂漠を横断するよりも人里を渡り歩いた方が遥かに安全に思えるのだが……バリアンを知る旅人は、食糧の補充以外に街に寄ることを出来るだけ避けようとする。
その理由は、どの街も酷く治安が悪いということだ。
人の行いは時に、猛獣の恐ろしさをも凌駕する。 無法地帯同然の街は、そんな非道な人間で溢れかえっているのだ。