亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
不動の賢者と称されるこの物静かな老人が口を開くのは、本当に稀な事だというのに。

その彼が立っているとなると、周りは驚きを隠せずにはいられないのだ。腰の折れ曲がった貧弱な身体を支えるのは、片手に握り締められた細長い杖のみ。
筋肉の削げた両足は今にも崩れ落ちそうだが、大地を踏みしめたそれは微塵の震えも見られない。
老人が佇んでいるだけだというのに。小柄な姿には不似合いな、その大樹の様な偉大な存在感は何だろうか。

「…オルディオ、起きてきたら、駄目…」


老長の突然の出現に一番狼狽えたのはリディアだった。
オルディオの身の回りの世話をしている彼女は、この老長の事を誰よりも理解している。そして彼の老いた身体が以前よりも更に衰えを見せている事も、よく知っている。

彼は今、本当ならば動いていい身体ではないのだ。


リディアは慌ててオルディオに駆け寄った。骨ばった肩を支える様に手を添えたが…皺だらけの節くれだった手が、リディアの手をそっと払いのける。
久しく見ていなかったオルディオの瞳は、暗闇の中から真っ直ぐロキを見据えていた。
乾いた老人の薄い唇が、その僅かな隙間から空気を吸い込む。


「………………何処に向かう気ぃや、ロキ…」

「……あんたの聞いていた通りさ……仲間の遺体を取りに行くって言っているんだ」

砂漠の風に似た嗄れたオルディオの声音は、背筋に悪寒とは違う奇妙な震えが走らせる。
彼の醸し出す張り詰めた緊張感に、言い知れぬ圧迫感を覚えながらも返答すれば……皺の寄った髭だらけの口元が、本の少しだけ小さく緩んだのをロキは見た。



「………ロキ…てめぇは黒槍だ…黒の刃だ………そりゃあ…わしが決めた……」

…カツン、と彼の杖が地面を鳴らした。篝火の動きに伴って揺れ動くシルエットが、こちらにゆっくりと近寄ってくるのが見える。


「……黒の槍は…三槍の一本………そのてめぇが…何か下らねぇ始末の一つでもしてみぃや…………………てめぇの尻拭いは、何処のどいつが引き受けやがると思っていやがる…」

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