亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
四方八方、隅に至っては暗がりが巣くうその無駄に広い部屋は、人を寄せ付けない何かがあるのだろうか。
いつ足を踏み入れても、現実世界と切り離された様な異空間の空気には慣れることが出来ないでいる。
きっとこの感覚は、この先もずっと味わうものなのだろうが。
広い空間に見受けられる幾つかの篝火は、赤々とした光を広範囲に放っているものの、その手は無限に広がる夜の黒を隈無く覆う事は出来ないらしい。
故に、視界はぼんやりとした仄明かりで包まれていた。
足元の冷たい大理石に跪いた姿勢では、その部屋は殊更暗く思える。
吹き渡る夜風と篝火のはぜる音を耳にしながら、その男は静かに口を開いた。
赤褐色の大柄な身体と、その表面に走る数多の傷。肩に掛かるざんばら髪の下からは、酷く静かな…しかし獣の様に獰猛な眼光が覗いている。
「……今のところ、三槍には目立った動きは見られない。…強いて言うならば、フェンネルの使者が参られた同日に首都にて白黒の槍の双方が現れた事のみ…」
「それで?…手中に入ってきた獲物をむざむざ逃がしてしまったのですかぁ?…ウルガ」
言い終えるや否や、真横の柱に寄りかかってこちらを見下ろしていた男が、ニヤニヤとした気味の悪い笑みを添えて嫌みの一つを吐き出してきた。
傍に佇む銀縁眼鏡をかけたその優男を…ウルガはぎろりと睨む。すると銀縁眼鏡の男は、「おお怖い怖い!」と小馬鹿にする様に大袈裟に後退してみせた。
ウルガの隣に立つ銀縁眼鏡の男は、見た目二十代半ばと若く、気持ちの悪い笑みを除けば端正な顔立ちの優男だ。
肌はウルガと違って色白で、後ろに流した長い髪は異常な程艶やかに見える。
いつ何時でも悪魔の様な嫌らしい笑みを絶やさないこの男を睨んだまま、ウルガは再度口を開いた。
「…首都の警備は兵士らと…そして貴様が管轄の役人達で支えている。……この失態は、貴様の力不足も一因と言えるのだぞ………ケインツェル」
泣く子も黙る低い声音で呟けば…何が可笑しいのだろうか。ちまたでは陰険眼鏡と称されているこの男、ケインツェルは、ニヤニヤと笑みを深めた。