亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
苦笑混じりに差し出された手を素直に掴み、イブが手の主を見上げれば、視界に飛び込んできたのは…美麗にして妖艶さが漂う、癖のある笑みだった。
「―――おやおや、ようこそ…フェーラのお嬢さん。相変わらずお元気そうで何よりです」
「あんたも相変わらずだね、ノア」
ノアと呼ばれたその人は、更に笑みを深めながらイブの手を引いて起こしてくれた。
初めて目にする者にとって、ノアの存在は容姿に止まらず何から何まで異質に違いない。
エメラルドグリーンの美しい真っ直ぐな髪は一体何メートルあるのだろうか。
床に垂れ下がり、歩く度にずるずると引きずっている始末だが、当の本人は気にもしていない。
それと同色の瞳は美しい模様が浮かび上がっており、思わず釘付けになって見とれてしまう程だ。
女神像をそのまま模写してきた様な端正な顔立ちは、常時怪しい笑みが浮かんでいる。
やや露出度の高い不可思議な衣装から見え隠れする顔以外の色白の肌には、びっしりと並ぶ刺青。
顔だけ見れば女性…と判断してしまうかもしれないが、スラリとした中肉中背のシルエットには女性特有の膨らみが無い。 声も中性的で、男なのか女なのか…見た目だけでは全く分からないのだが。
実のところ、ノアに性別は無い。無論、人間でもないのだ。
ノアは“魔の者”と呼ばれる、神と王に絶対忠誠を誓う存在で、言わば人の形をした生きた魔法だ。王族、者によっては王直々に仕え、空気の様につかず離れず付き従いながら政を支える腹心の様な存在。
通常、魔の者は性別もあるし寿命も人間と同じくらいで、彼等の一番の特徴は主以外の人間とは口をきかない事だ。
いつ何時でも主の傍に引っ付き、主とだけ言葉を交わす不思議な存在なのだけれども。
このノアは、そんな常識を覆す変わり者の中の別格らしい。
性別も無いし、年齢は悠に千歳を越えているらしいし、何よりよく喋る。
それはもう、ベラベラと。
そんな風変わりな魔の者ノアは、今日も変人っぷりを発揮しているようだ。