亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
自分は野獣フェーラだが、正直な話…人間の皮を被っていない素の姿があまり好きではない。
理由は極めて単純。…可愛くないから。
低い唸り声を漏らしながら長い巨体が身じろぐと、また一歩イブの身体は押され、踏ん張っていた片足が埋もれていく。
この押し合いに負けるのも時間の問題だろうか。…手足の感覚が次第に無くなってきた。
無意識で閉じようとする瞼を強引に開き、ここはとにかく平常心…と深呼吸を試みたイブだったが…瞬間、目と鼻の先の真っ赤な口から、唾液を纏わせた長い舌がイブの胴体に絡み付いてきた。
その形容しがたい気味の悪さに、悲鳴よりも先に思わず顔を引き攣らせた。
ぬめる大きな舌は酷く冷たい。ドロリと滴る唾液は、時間差で次第に凍てついているのが分かった。
こんな所で、氷のオブジェになるのは御免だ。
「―――…っ………何、すんのっ……よっ…!!」
物理的攻撃の当たる、唯一の箇所……この、目の前の開いたグロテスクな口に向かって、イブは口内に溜まっていた己の血を吹き付けた。
霧状のそれは赤く、強い毒素を持っている。
本当ならば、強力な魔術の一つや二つ、お見舞いしたいところなのだが、言うことを聞かない今の身体ではこれが精一杯だった。
毒であると、大蛇は瞬時に理解したらしい。
それまでの押し合いから身を引き、直ぐさま口を閉じた。
そのまま一旦後退するかに思えたが、相手はそんなつもりは無かったらしい。
間髪入れず、半透明の身をよじってその長い雄を鞭の様にしならせてきたのだ。
「―――うわっ…!?」
襲い掛かる大蛇の身体は実体など無いのだが、それは凄まじい突風と化し、激しい頭痛でうなだれていたイブを巻き込んだ。
見えないかまいたちが、全身を切り刻んでいく。
傷はどれも深くはないが、地味に痛い。
至近距離からの突風は切り傷から滲み出した鮮血をも風に煽り、イブの身体を意図も容易く吹き飛ばした。