亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

イブは本来、人語を話す野獣フェーラであって人間ではない。少し人間っぽいだけであって皮を剥がせば人を食う獣なのだ。野獣としての血が目覚めてしまえば…もう、手が付けられない。彼女を制御出来る人間、頼みの綱はただ、一人。

……ここにはいない、我らが陛下。我らが、陛下!!でもいない。


歩きにくいこの厚い積雪の大地。だがそんな障害など無視だ、無視。全力疾走を続けながらちらりと後ろに振り替えれば、出来れば幻覚であると思いたい…鬼女の如く恐ろしいイブが、獣らしい四足歩行でリストを追いかけているではないか。


悪夢、再来。
あのじゃじゃ馬と一緒にいること自体が悪夢みたいなものだけれど。

(…もう一匹は…どうしたんだ…!?)

イブがあまりにも存在が強烈過ぎて忘れるところだったが、油断するなかれ…大きな敵が二匹、視界の端で蠢いているのが見えた。
確か、大蛇は三匹に分裂していた。残りの一匹はイブに襲い掛かっていた筈だが…その一匹の姿が無ければ、気配も感じられない。

………いつの間にかイブが食い殺したのだろうか。空腹のフェーラと化した彼女なら、やりかねない。


ここは一旦、退くしかない。身体は傷だらけの筈なのに、痛覚が麻痺してきたのか…不気味な程身体が軽い。………このままでは、自分も危ない。内なる獣の狂気が肌から滲み出てくるようだ。
…理性の消失は時間の問題だ。………焦燥感。
表に曝された鍾乳洞の様な、白い針山がひたすら並ぶこの一帯をあても無く駆けていたリストだったが、残念ながら…焦る彼の妨害はきちんと用意されているらしい。


行く手を阻む様に、リストの目の前に背後から物凄い速さで大蛇が回り込んできた。
見飽きた赤い口が粘着質な唾を吐き飛ばし、リストに正面から突っ込んでくる。



「ああああぁぁっ…!!てめぇっ…邪魔過ぎる!!」

空気を読め!…と、なんとも無茶なことを叫びながら、リストは瞬時に短剣を握り直し、身体を捻った。
< 1,311 / 1,521 >

この作品をシェア

pagetop