亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
城から、少し離れた場所。ここ針山地帯の針山が比較的多い、凹凸の激しいとある土地。
そこら一帯は他の場所よりも地下の洞窟に続く穴がそこら中にあり、閉じない口に冷たい雪風を始終招いていた。
曲がりくねった地中の空洞に反響する風の音。
それに混じって響いているのは、低い獣の鳴き声。それも、悲痛で苦しげな。
夜の暗がりと一体化した洞穴の奥から、その呻きの主は荒い呼吸を忍ばせて這いずり出て来た。
闇の中で、そのぎらつく目玉がぼんやりと光る。
微かな痺れと例えようの無い痛みが走る巨体を捩り、少しずつ前へ進み、重たい頭を積雪に埋めた。
途端、折れた牙…正確には折られた牙の隙間から、どす黒い血が滴り落ちる。寒空に上っては消えていく儚い白い吐息を、狂気が滲んだ目は……ヨルンは、見ていた。
この雪国デイファレトに生息する獣の中で、最も獰猛な獣であると言われる『白の主』でも、一際大きく、長寿のヨルン。
人間の手によって育てられたせいか、他の大蛇よりも知能が高く、むやみやたらに暴れたりなどしないのだが。
神の災いは、この立派な大蛇の頭から一切の理性、そして自分の慕う主の存在をも消していた。
剥き出しの本能だけが、ヨルンを動かす。今もこうやって本能のままに、生への執着から逃げてきたところだ。
…ついさっきの事だ。城壁内でイブとリストと一戦交えた際、二匹の分身も使って二人を圧倒していた筈だったのだが。…狂気に身を任せたイブの無茶苦茶な攻撃により、ヨルンの立場は逆転。イブ独りを相手にほうほうの体でやむなく逃げることとなってしまった。
実体のある口を中心に散々殴られ、切り付けられ、ヨルンの巨大な口は見るも無残な有様だった。上顎の右の牙は折れ、舌先は爪で切断されて無い。顎の骨が一部砕けているのか、不自然な凹凸が所々あった。
…しかし、災いによる狂気は尚もヨルンを動かす。満たされない凄まじい空腹感が、痛覚を完全に麻痺させていた。